「言論の自由」とは何か?
先日、奈良県田原本町の医師方の放火殺人事件で、少年の精神鑑定を行った精神科医、崎浜盛三容疑者(49)が秘密漏洩容疑で逮捕されました。
事件の発端は、フリージャーナリストの草薙厚子が講談社より出版した「僕はパパを殺すことに決めた」の中で、本来外部に出る事のない(法で定められている)、少年と父親の供述調書が使われていた事です。
この事件で問題となっているのが、異例とも言うべき今回の逮捕が、憲法で保障されている「言論の自由」を弾圧するものではないか・・・と言う点です。
正直、「言論の自由」と「法規制」については非常にデリケートな問題であり、結論など出ないでしょう。
例えば、今もこうやってブログに好きな事を書いていますが、これを国に監視され、都合の悪い事は消去、あるいは書いた者を逮捕と言う事になれば、人はまさに自由を失うでしょう。
逆に、何を書いてもそれが「言論の自由」でまかり通れば、そこにはもはや法の意義などなくなってしまいます。
なので、「言論の自由」そのものの議論を、ここでするつもりはありません。
私が問題にしたいのは、そもそも今回の逮捕が本当に「言論の自由」の弾圧にあたるのか?と言う事です。
逮捕された精神科医は、以前から交流のあった草薙厚子に”何度も頼まれ鑑定資料を見せた”と供述しているが、同時に”出版されるとは思わなかった”とも答えています。
草薙厚子は初めから一貫して「鑑定資料等の提供者は明かせない」などと言っているが、よく考えて頂きたい。そんなもの、ちょっと調べればすぐに分かる事なのです。少年を鑑定した者など何人もいないのですから・・・
草薙厚子は「僕はパパを殺すことに決めた」の出版で、世の中に何を伝えたかったのか?
彼女によると、「事件の社会的影響力の大きさを考えると、正確に公表する事により、今後の参考資料が増える」と言っているが、正直、意味が分かりません。
なぜなら、本は無料で配布されているわけではなく、結局のところお金を出して買うわけで、それは同時に草薙厚子にも印税が入ると言う事だからです。
おそらく彼女は本を出すにあたり、今後も生きていかねばならない少年や父親、精神科医の人生よりも、ジャーナリストとしてスクープを手に入れた喜びと欲の方がまさったのでしょう。
これはもはや信念を持って「言論の自由」を貫いたのではなく、「言論の自由」を隠れ蓑に自らの欲求を満たしたに過ぎないのではないでしょうか。
追跡!「佐世保小六女児同級生殺害事件」
感想:
草薙厚子の是非について、私が結論を出すことはありません。
彼女に興味を持たれた方は、一度作品を読んで見てはいかがでしょう。
(今回の紹介作品は、すべて商品の評価をしておりません)
| 追跡!「佐世保小六女児同級生殺害事件」 著者:草薙 厚子 | |
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少年A 矯正2500日全記録 著者:草薙 厚子少年A 矯正2500日全記録
子どもが壊れる家 (文春新書) 著者:草薙 厚子子どもが壊れる家 (文春新書)
